nekoluckのブログ

サスペンス小説

結婚

「私は今でも見張られているの」


「見張られている?」


「そう、赤軍派の男の女として」


「え?!誰に?」


「公安よ!」


私は全く驚いた
公安なんて小説かドラマの中のことで
実際に日本の警察組織の中に
本当にあるのかも知らなかった
それに、もう、20年は与那嶺さんの周りに現れていないのだ


「今でも?」


「ええ今でも!
そのことが私の励みになってるの
私自身にプライバシーなんてものはないの
誰に毎日を見られても
代り映えのしない毎日
二人の男の子が住んでくれて
活気のある毎日になったけれど
二人もそのうち出ていくでしょう
また、一人ぼっちの日々が始まるだけ
でも、本当は違うのよ
私をずっと見つめている目があるの」


それは気持ちが悪いと思うのは
間違っているのだろうか?
でも、そんなに与那嶺さんは孤独で
深い悲しみの中にいるのかもしれない


「そういう監視があなたにもついているんじゃないかって
最近気が付いたのよ」

結婚

「勇気はなかったけれど
公安に十分目をつけられていたの
それに、一度道をそれてしまうと
彼は学問には興味を失っていたし
就職は無理だし
親族はそろって結婚には反対するし
彼の家のほうは息子が赤軍派だったってだけで
工場は倒産して一家離散
そういう時代でもあったんだけど


ああ、そうかもしれない
『総括』とか言って確か多くの殺人もあった
浅間山荘事件よりもそっちのほうがすさまじかった


「彼と私はそれでも別れることができなかったの
一年に一度くらいしか顔を見せない彼に
私はただただ、一途な愛情を持っていたの
でも彼は途中から逃亡に疲れ果てたやくざのような男になって
私を金づるとしか思っていなかったのよ
それでも、私はよかったんだけどね
20年前から彼は私のもとには来なくなったの
もしかしたら死んでるのかもしれないし
国外に脱出して帰ってこないのかもしれない」


そんなすさまじい恋愛をしていたなんて
今の与那嶺さんからはとても思えない


「ずっと、父母を心配させて
結婚もせずにこうして一人ぼっちになってしまったのだけどね
私、ずっと、一人じゃなかったのよ」


ん?

結婚

「最初に彼を親に合わせた時に
すごく喜ばれたわ
彼は東京大学の理工学部の学生だったし
親は小さいながらも中小企業の社長
さわやかでお坊ちゃんで
私も知り合ったきっかけは
喫茶店で流れていたテンペストだったし
趣味も同じで見た目もさわやかで絶対に二、三年付き合ったら
結婚すべき人だと思っていたし
その頃、私たちが付き合っていて反対する人なんか誰もいなかったわ
母なんか私よりも息子になるのを切望したほどよ


それが少しづつ変わってきたの
当時の空気としては学生運動に無関係な、特に男は
人間としてダメな奴だ
体制にしっぽを振るなんて言語道断
そんな空気だったのよ
彼は本当にお坊ちゃんだったっていうのもあるし
あまり自分の考えを持っていなかったのね
気が付いた時にはバリバリの赤軍派
それでも、あんな事件に直接かかわるほどは
勇気がなかったみたいなの」


与那嶺さんの恋愛
これは思ってもみなかった話で
私の中で小学生のころテレビで見た
恐ろしい赤軍派とやらの世相がいろいろと膨らんだ
結局、彼は浅間山荘事件には関係なかったのだし
めでたく考えを変えて結婚ってことにはならなかったんだろうか?